東京高等裁判所 昭和47年(ツ)42号 判決
ところで民法一六二条の規定にいう占有が所有の意思をもってしたか否かは、占有者の内心の意思いかんによることなく、事実上占有の根拠となった客観的事実によって決せられるのであるから、夫々の場合における具体的事実の性質にかんがみて、占有者に占有の意思がないものとされる場合には、これを消極に解せざるを得ないのである。さて前引用のとおり、本件において原審の認定するところによれば、昭和二七年六月当時に係争地が国有地であり、従前これを占有し来った岡田周二郎において近い将来自創法により国から右土地の売渡処分を受けることを期待できる地位にあったというに止まり、未だ同人が売渡処分を受けるに至っていない右日時頃に同人から被上告人が右土地を買い受ける旨の契約をし、かつその引渡しを受けた、というのである。そうであるなら右売買は、ひっきょう民法五六〇条の規定する他人(本件では、国)の権利をもって契約の目的としたものである。されば、民法適用の観点だけからしても、被上告人は、右日時には直ちに契約の効果として右土地の所有権を取得するに由なく、被上告人にその所有権が移転するのは、早くとも岡田周二郎に対する当該土地の売渡処分が実現して、同人がこれを取得するに至るべき時と同時であって、これより前の時点にまで遡ぼり得ない筋合である。したがって以上のことと呼応して、被上告人が岡田周二郎との間の合意によって取得し、かつ開始した占有の性質いかんが決定されることになろう。ところで、昭和二七年一一月一日に上告人と岡田周二郎(ただし、その子岡田亨名義による。)とに対するそれぞれの売渡処分が行なわれるに至ったとき、係争地(原判決添付の別紙図面表示のロ・ハ・ニ・ホ・ロの各点を順次結ぶ直線で囲む範囲内の土地)は、同図面表示のイ・ロ・ホ・ヘ・イの各点を順次結ぶ直線で囲む範囲内の土地(以下、甲地と呼ぶ。)とともに、八九八番二六一の土地として上告人に売り渡され、岡田周二郎に対しては、同図面表示のハ・ニ・チ・ト・ハの各点を順次結ぶ直線で囲む範囲内の土地(以下、乙地と呼ぶ。)だけが八九八番二六二の土地として売り渡されるに止まったことも、原判決の判示するところである。この事実に反し被上告人において、係争地が乙地とともに八九八番二六二の土地を成すものとして、このとき岡田周二郎に売り渡されることによって、同時に被上告人の所有に帰したと誤信していたものとしても、これに先んじて被上告人が岡田周二郎から取得した占有は、少なくとも右売渡処分の行なわれた昭和二七年一一月一日までの間は、所有の意思をもってしない他主占有であり、誤信にもとづくにもせよ、それが新権原としての所有の意思をもってする自主占有に変わり得るのは、右誤信を生じしめる原因となった昭和二七年一一月一日付の岡田亨名義の売渡処分の時以後のことであるべきである。そのうえに、係争地とあわせて被上告人が岡田周二郎から買い受ける契約をしたという乙地の所有権の移転についても、それが農地である限りは、被上告人としては農地法所定の許可(記録編綴の甲第一〇号証の写しによれば、被上告人が公簿上の八九八番二六二の土地について、岡田亨から買受けた旨の所有権取得の登記手続をしたのは、昭和三八年八月三〇日付の売買を原因として同年九月二三日受付の登記申請によることが窺われるから、右所有権移転に関する許可のあったのも、その頃のことであったものと推認される。)を得たとき初めてこれを主張できるに至ったはずであり、そのときまでの間右乙地についての被上告人の占有は自主占有でありえず、他主占有に止まったわけである。そうして、被上告人の原審における主張にしたがえば、被上告人は、乙地とともに農地である係争地を一括して昭和二七年六月以降占有し来ったというのであるから、ひとり係争地の占有だけが、乙地のそれが昭和三八年頃に自主占有となったのに、これに先んじて昭和二七年中から自主占有に転化したことを肯定することには、重大な難点を伴なわないとは言い切れないものが存するようである。
しかるに原審が、岡田周二郎と被上告人との間に係争農地を含む土地についての売買契約が結ばれたという昭和二七年六月中から被上告人が所有の意思をもって係争地の占有を開始したとして、その後一〇年を経た昭和三七年六月の経過をもって被上告人のために取得時効の完成を肯定したことは、民法一六二条の解釈適用を誤まり、ひいて理由不備の違法があるものというべく、論旨は理由がある。原判決は、破棄を免がれず、さらに審理をつくさせる要がある。
(中西 松永 長利)